都市の論理-権力はなぜ都市を必要とするか

都市社会学のレポートで、権力は何で都市を必要とするか的なタイトルのレポートを書きました。

書いたのは何年も前ですが、このレポートで読んだ本は今でもよく思い出す、印象的なものでした

≪序≫

人間の生活は、欲求を満たすことの連続からなるが、人間の欲求を満たすには、ほかの人間や物を動員する必要がある。しかし、次々と欲求を満たしていくと、人的・物的資源がなくなってくる。そのため、これらを支配することで、人間の欲求を保証するものとしての権力が生み出された。人間は、生活を充実させるために、さまざまな組織を作り、それらの中にはおおきな権力に発展するものが少なくなかった。

権力が都市社会の核となり、大都市を形成していったが、都市が権力を発生させたのではない。権力なき都市があるとしたら、それはただの人口の多い大集落である。

都市の発生は先史時代からさかのぼることができるが、そのころから都市と権力の関係は切ってもきれないものである。本レポートでは、『都市の論理』を読んで都市社会と権力の関係について論じる。

 

≪権力の概念≫

「人間の歴史は一面で最少の支配で最大の保障をもたらす権力をつくりだそうとするこころみ[i]」といわれるように、人間の歴史は、はじめから権力による支配と保障からなっている。

人類が誕生したころ、狩猟・採集によって、人間は家族単位での分散的な生活を営んでいたが、そのころから家族も権力であり、社会的人間であった。成員は互いに家族の生活を支配しながら、ともに快適な生活を求め続けた。家族という単位はやがて、生活スタイルの変化により、欲求の充足をえるために統合し、広範囲な権力へと成長していった。

農耕の発見は、これまで家族部族単位で生活していた人間の生き方を大きく変えることになった。家族・部族から集落単位へと権力が発展していったが、集落の発展過程により、個人レベルでは実現できない目的を追行するための強大な権力を形成した。まずは外敵からの攻撃に備える必要性が出てきたことから、安全の保障は政治的権力を、衣食住の保障は経済的権力となり、幸福の保障は宗教的権力を生み出し、それらの権力は保障を代償として人々の生活を支配した。

やがて、権力は複雑化、強大化していき、自らの機構内部による意思決定によって、都市を建設していく。

 

≪都市社会と権力≫

都市は、政治的権力や経済的権力、もしくは宗教的権力のような強大な権力が核となり、活動を安定、強大化させる目的を達成するために特定の場所に施設を建設する中で作られた。

都市は、大規模な権力が引き金となって建設されるが、都市での生活は単一の機関ではなく、他の権力機関との活動とあわせてはじめて可能になる。やがて、充足の追求から人的・物的資源を統合しようという機関があつまり、機関の統合が活発になるほど都市は発展し、統合が低下していくと、その都市は衰退していった。

「相互関連的なネットワークは、都市を中心に県、地方、国家、国際レベルで構成され、都市周辺より都市内、小都市より大都市に集中し、大都市の都心において頂点に達する。[ii]」といわれるように、日本では、東京都が大都市の頂点に君臨しているが、交通・通信革命や国際分業体制などによって、都市の核となった権力は、いまや国境を越えて支配をする機関も増えている。

 

都市は統合機関の集積地であったが、「統合機関はそれがどんな種類の権力によって成立したものであれ、都市を形成されるために創出されたものではない。[iii]」といわれるように、統合機関は権力が目的を達成するために行ってきた意思決定によって生み出されるものであり、権力イコール都市でも、都市が権力を生み出すということでもない。

集積機関の集積地には情報や知識が集められ、そこから文明や文化、ルールが生まれていた。そのため、国家という強大な権力は特に、大きな都市を必要とした。

権力は、自らの存在を意識させるために積極的に人々の欲求を開放し、それに答えていった。人々は権力によって保障を得る代わりに労働や貨幣の支払いなどによって支配を受けるが、生活への充足がより図られることをアピールして一層の加重をかけた。自らの権力の安定性を保持するために、しばしば慈善活動や記念碑的なものをたてて権力や保障を可視化した。

 

≪農村と都市の食糧事情≫

都市には人々があつまり、大量の食糧確保が必要になるが、食糧は外部の農村からの供給からなっている。都市の成立により、農村は農作物以外にもさまざまな生産物の供給地として都市の権力に組み込まれていった。

人々の欲求充足を保障するために生み出された権力は、欲求を保障できなくなると、存在を疑われ、疑いは暴動や革命などに発展していった。

権力に対する暴動は、農村などでも見られるが、顕在化しやすい都市の民衆の反乱は、世界史の中でしばしば国家転覆にみちびいた。そのため、権力は農村よりも都市民衆の動きに敏感に反応した。

特に、飢饉による食糧不足が発生した際は権力の正統性が問われること多かった。飢饉は、生産者である農民にとっては自然条件や不運のせいだと諦めることがおおいが、都市民は考えが大きく異なる。

飢饉が起こると、都市でも食糧が不足し、価格高騰といった事態が発生するが、生産者ではない都市住民にとっては食糧不足が何者かの陰謀や、買い占めの結果という情報が飛び交い、社会問題となり権力機関への反発が強まり、国家権力は都市の住民に対して飢餓人口の増加防止を意識していた。

 

≪結≫

都市は人間の欲求の充足を満たすために、大量に人的・物的資源を統合するために作られたが、都市が権力を作り出すのではなく、権力が意思決定することによって都市が作られていく。

強大な権力により都市が作り出され、権力の統合が進み、その結果権力の中枢を担う支配者層や支配者層へのサービスを提供する人々などで人口が増え、さらに統合は複雑化し、都市は発展していった。特に産業革命による社会の流動化は大都市を次々に育てるきっかけとなった。

人口集積が進む都市において、食糧生産は自らではなくほかの場所からの供給をあてにしたが、権力は農村を内包することによって、都市へ優先的に農作物が流通するような社会システムを構築していった。農村は、都市への供給地として囲い込まれ、都市の繁栄に左右される。

人口の多い都市では、人的、物的資源の流れに変化が多く、その都度文化や新しい制度などが生み出されてきた。その中の法制のいくつかは、農村でも適用されたが、都市権力の考えたものが大半であるため、都市に利益のあるものが多く、農村の地位を落とすものが多く、それが農村の閉鎖性を助長させることにもなった。

農村だけでなく、都市住民でも保障を十分に受けられない人もおり、権力は時代によって、その存在を問われるが、人間の、都市における究極課題は、最少の支配で最大の保障を提供する権力をつくりだすことである。

 

 

≪参考文献≫

・藤田弘夫『都市の論理-権力はなぜ都市を必要とするか』中公新書1993年

・藤田弘夫、吉原直樹『都市社会学』有斐閣ブックス 1999年

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